2014/04/03

危機管理、紛争国からの脱出

私が80年代後半、バグダッドに駐在しているときはイラクイラン戦争の真っただ中だった。
日本人の駐在員及びその家族は全部合わせても100人はいなかったと記憶している。

駐在時にはすでに有事で、バグダッドのサダムフセインの大統領官邸には月3ほどでテヘランからスカッドミサイルが飛んでくる。また、南部のバスラ周辺ではフィッシュレイクの攻防戦などがあり、高速道路を走っていると戦死した何人もの兵士の棺桶がタクシーの屋根に乗せられてバグダッドに帰ってくる。キルクークやモスールなどのイランに近い地域では危険ということもあり出張は制限されていた。私は主にバグダッドの事務所にいてベイジやハディーサなどイラクの中央部での仕事が多かった。

月に何回か行われる日本人駐在員の会合ではいつもイラクからの脱出方法について議論されていた。現状ではどのルートで脱出するのがベストか、地方への出張時には、どう連絡を取り合うのか、人質になった場合はどうするのか、いろいろな状況を考慮して会合の都度、アップデートしていった。道路状況や距離、安全性からみてヨルダンのアンマンに脱出するのが当時のベストなルートだったと記憶している。

ここにあるように中国には数十万人の日本人が駐在している。一時何かあった場合、日本政府に頼ることは難しい。その為、個々の企業、個人が充分に対策を練っておく必要がある。
また韓国は北朝鮮と戦争中ということもあり、駐在員はこからの脱出方法も考えておく必要がある。
現地に法人を持つ企業の中には安易に考えているところがあるかもしれないが、これは今そこにある危機である。

http://sankei.jp.msn.com/world/news/140403/chn14040303180000-n1.htm


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